2013年5月15日水曜日

新約聖書原典「ルカによる福音書」4章の翻訳(私訳)

ルカによる福音書 

4章


1.イエスは聖霊に満たされてヨルダン川から戻られたが、御霊によって荒野を連れまわされていた。2.四十日の間、悪魔によって試みられるためである。その間なにもお食べにならず、それらの期間が終わってから空腹になられた。3.すると悪魔がイエスに言った。「もしあなたが神の子なら、この石に、パンになるように言ってごらんなさい」。4.イエスは彼に答えられた。『人はパンだけでは生きられない』と書かれている。
5.また悪魔はイエスを高い所へ連れて行き、一瞬のうちにこの世の王国の全てを見せて、6.イエスに言った。「これら全ての権力とその栄華をあなたにあげましょう。それらはわたしに委ねられていて、わたしの思い通りにそれを与えることができるからです。7.だからあなたが、もしわたしの前にひれ伏すなら、それは全てあなたのものとなるでしょう」。8.イエスは答えて彼に言われた。『あなたは、あなたの神である主を拝し、ただ主にのみ仕えるであろう』と書かれている。
9.悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、神殿の屋根の一番高い所に立たせて言った。「もしあなたが神の子なら、ここから下に飛び降りてごらんなさい。
10.『あなたのために、彼の天使たちに命じて、あなたを守られるであろう』
と書かれてあり、11.また、
『手であなたを支えて、
あなたの足が、石に打ちつけられないようにする』
とも書かれていますから」。
12.イエスは彼に答えて言われた。『あなたの神である主を、あなたは試みないであろう』と言われている。
13.すべての誘惑をなし終えると、悪魔はしばらくの間イエスから離れた。
14.それからイエスは御霊の力によってガリラヤへ戻られた。イエスについての評判は、その地方全体に広まった。15.イエスは彼らの会堂で教え、多くの人々から崇められた。
16.そしてお育ちになったナザレに行き、安息日に慣例に従って会堂に入り、(聖書を)朗読するために立ち上がり、17.預言者イザヤの書を渡され、その巻物を開いてこう書かれているところを見つけられた。
18.『主の霊がわたしに臨んだ。
それは貧しい人々に福音を伝えるために、
わたしに油を注がれたからである。
主はわたしを遣わして、
捕われ人たちに開放を告げ知らせ、
目の見えない人々の目を開き、
抑圧されている人々を解き放ち、
19.主の恵みの年を知らせられる。』
20.イエスは巻物を巻いて係の者に返し、席に着かれた。会堂にいる全ての人々の目がイエスに注がれていた。21.そこでイエスは彼らに、「あなたがたが耳にしたこの聖句は、きょう実現した」と言い始められた。22.みんなの者はイエスを証しして、イエスの口から出る恵み深いそれらの言葉に驚いていた。そして言った。「この人はヨセフの子ではないか」。23.イエスは彼らに対して言われた。「あなたがたはきっとわたしに、『医者よ、自分自身を治せ』というこのことわざを引いて、『我々が聞いたカファルナウムで行われたすべてのことを、ここ、あなたの郷里でも行え』と言うだろう。24.しかし、わたしはあなたがたによく言っておく。どんな預言者も、自分の郷里では歓迎されないものだ。25.わたしは真実に基づいてあなたがたに言う。エリヤの時代に、三年六か月の間、天が閉ざされて地の全面にひどい飢饉がおきたとき、イスラエルには多くのやもめ達がいたが、26.エリヤは彼女たちの誰にも遣わされないで、ただシドンのサレプタにいるやもめの婦人のもとにだけ遣わされた。27.また、預言者エリシャの時代、イスラエルには多くの重い皮膚病を患う人々がいたが、シリア人ナアマン以外、彼らの誰ひとり清められなかった。28.これらを聞いて、会堂にいる人々は皆、怒りをつのらせ、29.立ち上がってイエスを町の外へ追い出し、彼らの町が建っている山の崖まで連れて行き、イエスを突き落とそうとした。30.しかしイエスは、彼らの真ん中を通り抜けて歩いて行かれた。
31.そして、ガリラヤの町カファルナウムに下られ、安息日に人々を教えておられた。32.人々はイエスの教えに驚嘆していた。それはイエスの言葉に権威があったからである。
33.さて、その会堂に汚れた悪霊にとりつかれた人がいて、大声で叫んだ。34.「ああ、ナザレのイエス、我々とあなたと何の関わりがありますか。我々を滅ぼすために来られたのですか。わたしはあなたが誰だか分かっています。神の聖者です」。35.イエスは彼に命じて言われた。「黙れ、この人から出て行け」。すると悪霊はその人を人々の中に投げ倒して、何の害も与えずにその人から出て行った。36.人々はすべてに驚いて、互いに語り合いながら言った。「この言葉はいったいどういうことだろう。権威と力とで、汚れた霊どもに命じると出て行くとは」。37.そして、イエスについての評判がその地方一帯に広まっていった。
38.イエスは会堂を去って、シモンの家にお入りになった。ところが、シモンのしゅうとめが重い熱病にかかっていて、人々は彼女のことをイエスにお願いした。39.イエスは彼女の傍らに立って熱にお命じになると、熱が引き、彼女はすぐに起き上って一行をもてなした。
40.日が沈むと、さまざまな病気で病んでいる人々を抱える人たちが皆、彼らをイエスのもとに連れて来たので、イエスは彼らのひとりひとりに手を置いてお癒しになった。41.悪霊どもも、「あなたは神の子だ」と言って叫びながら大勢の人々から出て行った。イエスは悪霊どもを叱って、ものを言うのをお許しにならなかった。悪霊どもは彼がキリストであることを知っていたからである。
42.朝になって、イエスは寂しい所に出掛けて行かれた。すると群衆はイエスを捜し回り、彼のところへやって来て、自分たちから離れて行かないようにとイエスを引きとめた。43.しかしイエスは彼らに、「わたしは、ほかの町々にも神の国の福音を宣べ伝えなければならない。そのためにわたしは遣わされたのだから」と言われた。44.そしてユダヤの諸会堂で宣べ伝えておられた。




διάβολος (2)と δαιμόνιον(33) 
ディアボロスとダイモニオン

両者はどちらも「悪魔」を表す言葉である。新約聖書において悪魔を意味する言葉がこのように二通りに使い分けられている。2節でイエスを誘惑したのは διάβολος (ディアボロス) で、33節以下に登場する悪魔は δαιμόνιον (ダイモニオン) である。両者の違いはその名詞の性にある。
διάβολος は男性名詞で形を持った悪魔を表すことが多い。それに対し、δαιμόνιονは中性名詞で形を持たない悪魔で「悪霊」と訳されることが多いようである。

ὅτι ᾔδεισαν τὸν χριστὸν αὐτὸν εἶναι (41)
「なぜなら、彼ら(悪霊たち)は彼(イエス)がキリストであることを知っていたからである

悪霊たちがイエスをキリストだと知っていたからだ、という意味のὅτι ᾔδεισαν の動詞には過去完了形が使われている。新約聖書では普通、ある事実を「知っている」という場合、「完了形」(現在完了)が使われることが多い。完了とは新約ギリシア語の場合、ある事実を「知った」という行為の結果が現在も有効、つまり「現在も知っている」ことを意味するからである。ところが41節で「過去完了」が使われているのは、悪霊がイエスがキリストであることを知ったのはすでに過去のことであり、その行為の結果も過ぎ去っており(過去において完了しており)、現在は「知っていない」ことを表しているからだと解釈できる。イエスをキリストであることを知っているのは、「現在の信仰のことがら」だからである。ゆえに「あなたは神の子だ」(41)という悪霊による告白はすでに過去のこととして終わっており、真実のものとは言えないのである。





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