2012年3月20日火曜日

新約聖書原典「マルコによる福音書」14章の翻訳(私訳)

マルコによる福音書 

14章


1.さて、過越祭と除酵祭が二日後となった。そこで祭司長たちと律法学者たちは、どうやってイエスをだまして捕まえ、殺そうかとたくらんでいた。2.彼らは言った。「祭りの間はやめておこう。群衆が万一、騒ぎを起こすといけないから」。
3.イエスがベタニアで、重い皮膚病を患っているシモンの家におられたとき、イエスが食卓についておられると、一人の女が、非常に高価で純粋なナルドの香油の入った瓶を携えて来て、その瓶を壊し、(香油を)イエスの頭に注いだ。4.しかし、そこにいたある人たちが互いに憤慨し「どうして香油をこんなに無駄にするのか。5.この香油を三百デナリオン以上で売って、貧しい人たちに施すことができたのに」と女を厳しくとがめた。6.しかしイエスは言われた。「彼女をそのままにさせておきなさい。なぜ彼女を煩わすのか。彼女はわたしに良い行いをしてくれたのだ。7.貧しい人々は、いつもあなたがたと一緒にいるのだから、望む時にいつでも良い業をしてあげられる。しかし、わたしはいつもあなたがたと一緒にいるのではない。8.彼女は(自分に)出来ることをした。埋葬に備えて、わたしの体にあらかじめ香油を注いでくれたのだ。9.よく言っておくが、全世界に福音が宣べ伝えられる所はどこででも、彼女の行ったこともその記念として語り伝えられるだろう」。
10.さて、十二人の一人であるイスカリオテのユダは、イエスを祭司長たちに引き渡すため、彼らの所へ出かけて行った。11.彼らはそれを聞いて喜び、ユダに銀貨を与えると約束した。そこでユダは、どうすれば首尾よくイエスを引き渡せるかと、(その機会を)ねらっていた。
12.さて、除酵祭の最初の日、すなわち、過越の犠牲がほふられる日、弟子たちがイエスに言った。「過越の食事をなさるのに、わたしたちはどこへ行って準備をしましょうか」。13.イエスは二人の弟子をお遣わしになるにあたり、彼らに言われた。「町へ入って行きなさい。そうすれば、水がめを担いでいる男の人に出会うだろう。その人について行きなさい。14.その人が入って行く所でその家の主人に、『わたしの弟子たちと一緒に、過越の食事をするわたしの部屋はどこかと、先生が言っておられます』と言いなさい。15.そうすれば、主人は食卓が整えられた二階の広間を見せてくれるだろう。そこを、わたしたちの為に準備しなさい」。16.そこで、弟子たちは出かけて行き、町へ入って見ると、イエスが言われたとおりだったので、彼らは過越の食事の準備をした。
17.夕方となり、イエスは十二人と一緒にやって来られた。18.彼らが席について食事をしていると、イエスが「よくあなたがたに言っておくが、あなたがたの中の一人で、わたしと一緒に食事をしている者が、わたしを裏切ろうとしている」と言われた。19.弟子たちは悲しみだし、それぞれがイエスに言った。「まさか、わたしではないでしょう」。20.イエスは彼らに言われた。「十二人の一人で、わたしと一緒に鉢に(パンを)浸している者がそれである。21.人の子は、彼について聖書に書かれているように去って行くが、ああ、人の子を裏切るその人は不幸だ。その人は生まれてこなかった方が良かったのだ」。
22.さて、一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福の祈りをささげ、それを裂いて弟子たちにお与えになって言われた。「取りなさい。これはわたしの体である」。23.また杯を取り、感謝の祈りをささげ、彼らにお与えになった。彼らは皆、その杯から飲んだ。24.そして彼らに言われた。「これは、多くの人々のために流す、契約のわたしの血である。25.よくあなたがたに言っておく。神の国で、新しい飲み物を飲むその日まで、わたしはぶどうから作ったものを飲むことは、もう決してない」。
26.一同は賛美の歌を歌ってから、オリーブ山へ出かけた。27.そしてイエスは彼らに、「あなたがたはみな躓くだろう」と言われた。このように書かれているからである。
『わたしは羊飼いを打つ。そして、羊たちは追い散らされるであろう。』
28.しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く」。29.するとペトロがイエスに言った。「たとえ、みんなの者が躓いても、このわたしは躓きません」。30.イエスは彼に言われた。「よくあなたに言っておくが、あなたは今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしを知らないと言うだろう」。31.しかし、ペトロは力を込めて言った。「たとえ、わたしがあなたと一緒に死ななければならないとしても、わたしは決してあなたを知らないなどとは言いません」。みんなの者も、同じように言っていた。
32.一同はゲッセマネという名の場所に来た。するとイエスは弟子たちに言われた。「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」。33.イエスは、ペトロとヤコブとヨハネを一緒に伴われたが、がく然とされて苦悩を表し始められた。34.そして彼らに言われた。「わたしの魂は、深い悲しみで死ぬほどである。ここにいて目を覚ましていなさい」。35.そして、少し進んで行き地に伏して「できることならこの時を、自分から過ぎ去らせてください」と祈り続けられた。36.そして言われた。「アバ、父よ、あなたは力ある方。この杯を、わたしから取り去ってください。しかし、わたしの願いではなく、あなたの御心をなしてください」。37.イエスが来てご覧になると、彼らは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。ひと時も目を覚ましていることが出来なかったのか。38.試みにあわないように、目を覚まして、祈っていなさい。霊は熱心でも、肉は弱いのだ」。39.そしてまた行って、同じ言葉を言って祈られた。40.そしてまた再び来てご覧になると、彼らは眠っていた。彼らのまぶたが重くなっていたからである。だから、彼らはイエスにどう返事してよいかわからなかった。41.また三度目に来て彼らに言われた。「まだ眠っているのか。休んでいるのか。もう充分だろう。時が来た。見よ、人の子は罪人らの手に引き渡される。42.起きなさい。さあ、行こう。見よ、わたしを引き渡す者が近づいて来た」。
43.イエスがまだ話しておられるとすぐに、十二人の一人であるユダが現れ、彼と共に祭司長たちや律法学者たち、また長老たちから遣わされた群衆も、剣やこん棒を持ってやって来た。44.イエスを裏切ろうとしているユダは彼らに「わたしが接吻をする者がそれである。彼を捕まえて、確実に連れて行け」と言って合図を決めておいた。45.ユダはすぐに来てイエスに近寄り「先生」と言って接吻した。46.人々はイエスに手をくだして捕まえた。47.(イエスの)そばにいた者たちの中の[ある]一人の者が、剣を抜いて大祭司の僕に切りかかり、その片耳を切り落とした。
48.イエスは応じて彼らに言われた。「あなたがたはまるで強盗に向かうかのように、剣やこん棒を持ってわたしを捕らえるために出てきたのか。49.わたしは毎日、神殿の庭であなたがたのそばにいて教えていたが、わたしを捕らえようとはしなかった。しかし、それは聖書の言葉が成就されるためである」。
50.弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げ去った。51.裸の上に亜麻布をまとったある若者が、イエスについて来ていた。人々がその人を捕まえようとしたが、52.彼は亜麻布を脱ぎ捨て、裸で逃げて行った。
53.人々はイエスを大祭司の所へ連れて行った。祭司長たち、長老たち、律法学者たちがみな集まった。54.ペトロは、遠くからイエスについて行き、大祭司の屋敷の中庭まで入って、下役達と一緒に座って火にあたっていた。
55.祭司長たちと、サンヘドリンの全会衆は、イエスを死刑にするための証拠を探したが、見つからなかった。56.多くの者たちがイエスに対して偽りの証言をしたが、それらの証言は一致しなかった。57.するとある者たちが立ち上がり、イエスに対して偽りの証言をして言った。58.「我々は彼が『わたしは人の手によって造られたこの神殿を壊し、三日間で、人の手によらない他の神殿を建てるだろう』と言っているのを聞きました」。59.しかし、これもまた彼らの証言は一様ではなかった。60.そこで大祭司は立ち上がって、真ん中に進み出てイエスに尋ねて言った。「この者たちがお前に不利な証言をしているのに、何も答えないのか」。61.しかしイエスは黙っておられて、何もお答えにならなかった。再び大祭司がイエスに尋ねて言った。「お前は誉れある方の子、キリストなのか」。62.そこでイエスは言われた。「わたしこそキリストである。あなたがたは、『人の子』が力ある方の右に座り、『天の雲と共に来るのを』見るだろう」。63.そこで大祭司は自分の上着を引き裂いて言った。「これ以上、何の証拠の必要があろう。64.あなたがたはこの汚しごとを聞いた。あなたがたはどう思うか」。人々は皆、イエスを死に値すべき者だと宣告した。
65.そして、ある者たちはイエスに唾を吐き、またある者たちはイエスの顔を覆ってこぶしでなぐりはじめ「言い当てて見よ」と言った。また、下役たちもイエスに平手打ちを食わせた。
66.ペトロが下で庭の中にいると、大祭司の女の召使いのひとりが来て、67.暖をとっているペトロを見かけ、彼を見つめて言った。「あなたもナザレ人イエスと一緒だった」。68.しかし、ペトロは打ち消して言った。「わたしはその人を知らないし、あなたが何を言っているのかもわからない」。(そう言って)彼は外の庭口へ出て行った。[すると鶏が鳴いた]。

69.女の召使いはペトロを見て、そばに立っている人たちに再び「この人は、彼らの仲間だ」と言い始めた。70.しかしペトロは再び打ち消した。しばらくすると、またそばにいる人たちがペトロに言った。「本当にあなたは彼らの仲間だ。ガリラヤ人なのだから」。71.しかし、ペトロは「あなたがたが言うそんな人は知らない」と呪って、誓いはじめた。72.するとすぐ、鶏が二度目に鳴いた。ペトロは「鶏が二度鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うであろう」とイエスが自分に言われた言葉を思い出し、泣き崩れていた。




●「自然の中で聴く聖書」マルコによる福音書 14章

★ ἀπαντήσει ὑμῖν ἄνθρωπος κεράμιον ὕδατος βαστάζων· ἀκολουθήσατε αὐτῷ (13)
  「水がめを運んでいる男の人があなた方に出会うでしょう。その人について行きなさい」
上の言葉は、イエスが過越しの食事をする場所を探すために、二人の弟子を遣わされた時に言われた言葉である。ここで、原文から見えてくる重要なことは、弟子たちがこの男に出会ったのではなく、この男が弟子たちに出会ったということである。主体は水がめを運んでいるこの男の人であって、弟子達ではない。主がなせと命じられる業には、道(街へ入って行くこと)、人(水がめを持つ男)、物(過越しの食事をする広間)が既に主によって備えられているのである。

★ ὁ δὲ ἐκπερισσῶς ἐλάλει· ἐὰν δέῃ με συναποθανεῖν σοι, οὐ μή σε ἀπαρνήσομαι. (31)

しかし、ペトロは力を込めて言った(言い続けた)。「たとえ、私があなたと一緒に死ななければならないとしても、私は決して、あなたを知らないなどとは言いません」

ἐλάλει(エラレイ)は、未完了過去形で、過去における継続、反復の動作を表す。ここで「言い続けた」と未完了過去形が使われたいるのは、ペトロの意思の強さを示すものであろう。

γρηγορεῖτε καὶ προσεύχεσθε, ἵνα μὴ ἔλθητε εἰς πειρασμόν· τὸ μὲν πνεῦμα πρόθυμον ἡ δὲ σὰρξ ἀσθενής (38)
試みに遭わないように、目を覚まして、祈っていなさい。は熱心でも、は弱いのだ」(38)

ほとんどの訳では「霊」⇒「心」、「肉」⇒「肉体」と訳しているが、ここでは明らかに「霊」と「肉」が対比して示されていて、霊が吹き込まれた人間は神の性質にあずかり強いが、それが取り去られた人間存在はそれ自体では弱い。ここでいう「σὰρξ」(肉)は肉体という狭い意味ではない。だからこそ、イエスは「試みに遭わないように、目をさまして祈りなさい」と言われたのであった。

★「もう充分だろう」(41)

  41節の「もう充分だろう」(ἀπέχειは「領収する」「受け取る」という意味で、「(ユダが)約束の金を受け取った」と訳すことも可能で、そのように訳す学者もいる。
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 ὁ δὲ ἤρξατο ἀναθεματίζειν καὶ ὀμνύναι ὅτι οὐκ οἶδα τὸν ἄνθρωπον τοῦτον ὃν λέγετε. (71)
 
しかし、ペトロは、「あなた方が言うそんな人は知らない」と、呪って誓いはじめた

上の31と71のテキストはペトロのイエス否定に関する彼の応答の言葉である。ペトロはイエスから、今夜鶏が二度鳴く前に、三度私を知らないと言うだろうと宣言された。31はその時の彼のイエスへの応答である。ἐκπερισσῶς  は「何度も繰り返し強調して」を意味する言葉。ペトロは「何度も力を込めて」、たとえイエスと一緒に死ななければならなくなったとしても、イエスを裏切るなどという恐ろしいことはあるはずもないと強く否定した。71はペトロの三度目のイエス否定の言葉。一人の女中の執拗な質問攻勢から、周りの人々を巻き込んだ激しい質問攻撃へと変わっていく中で、ペトロはついに逃げ場を失い、最大級のイエス否定の言葉を口にする。ἀναθεματίζειν καὶ ὀμνύναι  は「呪いを宣告し、神に誓って断言する」ことを意味し、これ以上の強調の言葉が見つからない程の表現が使われている。つい数時間前、ペトロは、たとえイエスと一緒に死ぬようなことになっても、イエスを知らないとは言わないと誓った。しかし今、死を逃れるために、最大級の言葉をもって、イエスを否定したのである。

ἐπιβαλὼν ἔκλαιεν (72)
「泣き崩れていた」

ἐπιβαλὼν(エピバローン)は、「(手を)当てる」の意味で、ペトロが「顔に手を当てて」泣き続けていた様子がうかがえる。ἔκλαιεν(エクライエン)は未完了過去形で、その状態が続いていたという意味。