2013年12月12日木曜日

新約聖書原典「ルカによる福音書」23章の翻訳(私訳)

ルカによる福音書 

23章


1.そこで彼ら全員が立ち上がり、イエスをピラトのところへ引いて行った。
2.そして彼らは、「我々は、この男が我々の国民をそそのかして、皇帝に税金を納めるのを妨げ、自分が王なるキリストだと言っているのを目撃しました」と言って訴え始めた。3.そこでピラトはイエスに「あなたはユダヤ人たちの王なのか」と問うた。するとイエスは彼に答えて言われた。「あなたの言う通りである」。4.ピラトは祭司長たちと群衆に対して言った。「わたしはこの人の中に、なんの理由も見出せない」。5.しかし、彼らはますます強く主張して「この男はガリラヤから始めてこの都に至るまで、ユダヤ中で教えて民衆を扇動している」と言った。
6.ピラトはそれを聞いて、この人がガリラヤ人かどうか尋ね、7.それがヘロデの権限に属する者だと分かると、彼はイエスの身柄をヘロデのところへ送った。ヘロデもその当時はエルサレムにいたからである。
8.さて、ヘロデはイエスを見て非常に喜んだ。というのは、彼はイエスに関するうわさを聞いていて、イエスによって起こされる何か奇跡を見たいと期待していたので、ずっと以前からイエスに会いたいと思っていたからである。9.そこでヘロデは、いろいろとイエスに質問していたが、イエスご自身は何もお答えにならなかった。10.しかし、祭司長たちと律法学者たちとはそこに立っていて、イエスを激しく訴えていた。11.ヘロデも自分の兵卒達と一緒になってイエスを侮辱したりあざけったりして、華やかな衣をイエスに着せ、ピラトのところへ送り返した。12.ヘロデとピラトは、その日に互いに親しくなった。というのは、彼らは以前には互いに憎み合っていたからである。
13.そこでピラトは、祭司長たち、役人たち、民衆を招集して、14.彼らに言った。「あなたがたは、この人が民衆をそそのかしているかのようにわたしのもとに連れて来たが、わたしがお前たちの前で調べたところ、この人の中に、お前たちが訴えているような理由は何も見出せなかった。15.ヘロデとしても見つけられなかった。だから我々のもとにこの人を送り返してきたのだ。この人は死に値するようなことは何もしていない。16.だから、懲らしめた上で、この人を赦してやることにしよう」。
18.しかし、人々は一斉に叫んで「この男を殺せ。そしてバラバを赦せ」と言った。19.このバラバは、都でおきたある暴動と殺人のゆえに投獄されていたのである。20.ピラトは再び彼らに、イエスを赦そうと呼びかけた。21.しかし、彼らはわめき立て「その男を十字架にかけろ、十字架にかけろ」と言った。22.ピラトは三度目に彼らに言った。「では、この人はどんな悪事をしたのか。この人には死に値する理由は何もみつからない。だから、こらしめてから赦してやることにしよう」。23.しかし彼らは大声で詰め寄り、イエスを十字架にかけるよう要求し、彼らの声が勝った。
24.ピラトは彼らの要求をかなえる決定を下した。25.すなわち、暴動と殺人のゆえに投獄されていたが、民衆が(赦しを)求めていた者を放免し、イエスを彼らの望みどおりに引き渡した。
26.彼らがイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たキレネ人シモンという者を捕らえ、この人に十字架を背負わせ、イエスの後ろから運ばせた。
27.大勢の民衆と、嘆き悲しむ婦人たちの群がイエスに従っていた。28.イエスは彼女たちの方を振り向いて言われた。「エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣くな。むしろ自分と自分の子供たちのために泣きなさい。29.なぜなら、見よ、『子を産めない女たちと産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房とは幸いだ』と言う日が来ようとしているからだ。30.その時、人々は山々に向かって『我々の上に倒れてくれ』、また丘に向かっても『我々を覆い隠してくれ』と言い始めるだろう。31.生木においてこうしたことが起こるとすれば、枯れ木においてはどうなるだろうか」。
32.さて、ほかにも二人の犯罪人がイエスと一緒に処刑されるために引かれて行った。33.彼らが、「されこうべ(頭蓋骨)」と呼ばれる場所に来た時、人々はそこでイエスを十字架にかけ、犯罪人たちも一人を(イエスの)右に、一人を左にかけた。34.【イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか分からないのですから」。】『彼らは、くじを引いてイエスの衣を分けた。』
35.民衆は見つめながら立っていた。役人たちもあざ笑いながら言った。「彼は他人を救ったのだ。もしこれが選ばれた者、神の(子)キリストなら自分を救え」。36.兵卒たちも近寄ってイエスをあざけり、酸いぶどう酒を差し出して、37.「もしお前がユダヤ人たちの王なら自分を救え」と言った。38.イエスの頭の上方には、「これはユダヤ人たちの王」と書かれた罪状書きがあった。
39.十字架にかけられた犯罪人の一人がイエスを冒涜して言った。「お前はキリストではないか。自分と我々をも救ってみろ」。40.すると別の犯罪人が答えて彼を叱って言った。「お前はその人と同じ刑罰を受けているのに、神を畏れないのか。41.我々は自分の行ったことのふさわしい報いを受けているのだから当然だ。しかし、この人は何も間違ったことはしておられない。42.そして言った。「イエスよ、あなたが御国に行かれる時は、わたしを思い出してください」。43.するとイエスは彼に言われた。「あなたによく言っておく。今日、あなたはわたしと一緒に楽園にいるだろう」。
44.時はすでに十二時頃であった。地は全面暗くなり、三時に至った。45.太陽は光を失い、神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。46.そしてイエスは大声を上げて言われた。「父よ、わたしの霊をあなたの御手にお委ねします」。こう言って息を引き取られた。
47.この出来事を見た百人隊長は、神を賛美して「この人は本当に義なるお方であった」と言った。48.この光景を見に集まっていた群衆もみな、これらの出来事を見て胸を打ちたたきながら帰って行った。
49.イエスの知人たちと、ガリラヤからイエスに共に従ってきた婦人たちは皆、遠くから立ってこれらのことを見ていた。
50.さて、ここにヨセフという名の裕福な議員がいた。この人は善良な正しい人であった。51.―この人は議員たちの意見や行動には賛成していなかったーユダヤ人たちの町アリマタヤの出身で、彼は神の国を待ち望んでいた。52.この人がピラトのところへ行って、イエスの遺体を引き取りたいと願い出た。53.そして遺体を(十字架から)降ろして亜麻布でくるみ、岩に掘って作りまだ誰も葬られたことのない墓に納めた。54.その日は準備の日であって、安息日が始まりかけていた。

55.婦人たちは(ヨセフの)後からついて行った。彼女たちはガリラヤからイエスと一緒に来ていた婦人達で、墓とイエスの遺体が納められた様子を見届け、56.それから帰って香料と香油とを準備した。それから彼女たちは、戒めに従って安息日を休んだ。






  καὶ ἔλεγεν· Ἰησοῦ, μνήσθητί μου ὅταν ἔλθῃς εἰς τὴν βασιλείαν σου. (42)
 καὶ εἶπεν αὐτῷ· ἀμήν σοι λέγω, σήμερον μετʼ ἐμοῦ ἔσῃ ἐν τῷ παραδείσῳ.(43)

「そして言った。『イエスよ、あなたが御国に行かれる時には、私を思い出してください』」(42)
「するとイエスは彼に言われた。『あなたによく言っておく。今日、あなたはわたしと一緒に楽園(天の国)に居るだろう』」(43)

42と43節は、四つの福音書の中で、ルカだけが記録したイエスと犯罪人との言葉のやりとりである。42と43節で注目したいのは、救済の時に関するイエスと犯罪人のやりとりである。犯罪人はイエスに救いを求めたが、それはイエスが御国に行かれるであろう仮定の時を期待した。ὅταν ἔλθῃς は「仮定法(ギリシア語の接続法)」で、「もし行かれることになれば、その時は…」というニュアンスがこめられている。それに対してイエスの返答は非常に重要な意味を持っている。「よくあなたに言っておく」。これはイエスが常に重要な教えを語る時に言われるフレーズ。「これからあなたに大切なことを話します」という意味。そのあと、σήμερον(今日)が文頭に置かれ、「今日、あなたはわたしと一緒に楽園(天の国)に居るだろう」。「あなたの救いはあなたが信じた今日なのだ」と、「今日」という時がここで強調されているのである。新約聖書ギリシア語には、重要な言葉をまず最初にもってくるという特徴がある。
※43節はある一部の人々が、人が死んだら直ちにその人の霊が天国に行くとする一例と解釈するが、そうではなく、『あなたの救いは、あなたが信じた今日なのだ』、『今日、救いがあなたに訪れた』(ルカ19:9参照)

★「父よ、わたしの霊をあなたの御手にお委ねします」(46)
 「わたしの霊」=「わたしの息(神の命の息として与えられたもの)」




2013年11月22日金曜日

新約聖書原典「ルカによる福音書」22章の翻訳(私訳)

ルカによる福音書 

22章


1.さて、過越祭と呼ばれる除酵祭が近づいていた。2.祭司長たちと律法学者たちは、民衆を恐れていたので、どのようにしてイエスを殺そうかと思案していた。
3.さて、イスカリオテと呼ばれるユダにサタンが入った。彼は十二人の中の一人に数えられていた。4.彼は祭司長たちと神殿長と部下たちの所に行って、どうやってイエスを彼らに引き渡そうかと相談した。5.彼らは喜び、ユダに銀貨を与えることを申し合わせた。6.ユダもそれを全面的に承諾し、民衆のいない時にイエスを彼らに引き渡そうと、よい機会を狙っていた。
7.さて、過越の小羊がほふられることになっている除酵祭の日が来た。8.そこで、イエスはペトロとヨハネを遣わして、「行って、わたしたちのために、過越の食事ができるように準備をしなさい」と言われた。9.そこで、二人はイエスに言った。「わたしたちはどこに準備しましょうか」。10.イエスは彼らに言われた。「見よ、あなたがたが町へ入ると、水がめを担いだ人に出会うだろう。その人が入る家までその人について行きなさい。11.そして、その家の主人に言いなさい。『わたしの弟子たちと一緒に過越の食事ができる部屋はどこですかと、先生があなたに言っておられます』。12.すると、その人が整えられた二階の広間を見せてくれるだろう。そこに準備しなさい」。13.彼らは出掛けて行き、イエスが言われた通りだとわかったので、過越の食事の準備をした。
14.時間となったので、イエスは席に着かれ、使徒たちもイエスと一緒にいた。15.そして、彼らに言われた。「わたしは苦しみを受ける前に、あなたがたと一緒にこの過越の食事をすることをどんなに切望していたことか。16.あなたがたに言うが、神の国で過越が完成するまで、わたしはもう決して過越の食事をすることはない」。17.そして、杯を取り感謝して言われた。「これを取って、各自に分け与えなさい。18.あなたがたに言うが、神の国が来るまで、わたしは今後、ぶどうの実からのものを飲むことは決してしない」。19.そして、パンを取り、感謝をして裂き、彼らに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えるわたしの体である。わたしを思い出すためにこれを行いなさい」。20.食事の後、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。
21.しかし、見よ、わたしを引き渡す者の手が、わたしと一緒に食卓の上にある。22.確かに人の子は、定められたとおり去って行く。しかし、人の子を裏切るその人は不幸だ」。23.すると、使徒たちは「自分たちの中のいったい誰が、そのようなことをしようとしているのか」と互いに議論し出した。
24.また、「自分たちの中で誰が一番偉いか」と彼らの中で張り合いも起きた。25.しかし、イエスは彼らに言われた。「異邦人たちの間では、王たちが民を支配し、彼らの間で権力を振るう者が立派な人と呼ばれている。26.しかし、あなたがたはそうであってはならない。むしろ、あなたがたの中で一番偉い者はより若い者のように、指導者は仕える者のようになりなさい。27.食事の席につく者と給仕をする者とでは、どちらが偉いか。食事の席につく者ではないか。しかし、わたしはあなたがたの間では、給仕をする者のようにしている
28.あなたがたは、わたしがいろいろな試練の中にいたとき、わたしと共に踏みとどまった人たちである。29.だから、父がわたしに御国を授けてくださったように、わたしもあなたがたにそれを授ける。30.それは、あなたがたがわたしの国において、わたしの食卓で食べたり飲んだりするためである。またあなたがたは裁きの座に座り、イスラエルの十二の部族を裁くだろう。
31.シモン、シモン、見よ、サタンはあなたがたを麦のようにふるいにかけることを求めて許された。32.しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたの為に祈った。だからあなたが立ち直った時、あなたの兄弟たちを力づけてやりなさい」。33.シモンがイエスに言った。「主よ、わたしはあなたと一緒に、牢にいたるも死にいたるも備えができています」。34.イエスは言われた。「ペトロよ、あなたに言っておく。あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと否認するだろう」。
35.そして、彼らに言われた。「わたしがあなたがたを、財布も、旅の袋も、履物も持たずに遣わした時、何か不足でもしたか」。彼らは言った。「何も不足しませんでした」。36.イエスは彼らに言われた。「今はむしろ、財布のある者はそれを持って行きなさい。旅の袋のある者も同様にしなさい。剣のない者は自分の上着を売ってそれを買いなさい。37.だからわたしはあなたがたに言う。『彼は律法を破った者たちの仲間に数えられた』と書かれていることは、わたしの身に成就されなければならない。わたしについて書かれていることは成就されるからである」。38.すると弟子たちが言った。「主よ、見てください。ここに剣が二振りあります」。イエスは彼らに言われた。「それで充分である」。
39.それからイエスはそこを出て、いつものようにオリーブ山に行かれた。弟子たちもイエスに従った。40.その場所に来られると、彼らに言われた。「誘惑に陥らないように祈っていなさい」。41.そしてイエスは、彼らから石を投げて届くほどの所まで離れて行かれ、両膝をついて祈り始められた。42.「父よ、御心でしたら、この杯をわたしから取り除いてください。しかし、わたしの思いではなく、むしろあなたの御心をなしてください」。【43.すると、天から一人の天使が現われ、イエスを力づけた。44.イエスは苦しみ悶えながらも、真剣に祈られた。汗が濃い血の大粒のしたたりのように地に落ちた。】45.イエスは祈りを終えて立ち上り、弟子たちのところに来てご覧になると、悲しみの果てに彼らは寝入っていた。46.イエスは彼らに言われた。「なぜ眠っているのか。誘惑に陥らないように、起きて祈っていなさい」。
47.イエスがまだ話しておられると、見よ、群衆が現れ、十二人の中の一人でユダと呼ばれる者が彼らを先導し、イエスに接吻しようと近づいて来た。48.しかし、イエスは彼に言われた。「ユダよ、あなたは接吻をもって人の子を裏切るのか」。49.イエスの周りにいた弟子たちは事の成り行きを見て、「主よ、剣で撃ちましょうか」と言った。50.そして彼らの中の一人が大祭司の僕を撃って、その右の耳を切り落とした。51.しかし、イエスはこのことに対し「もうそれでよい」と言って耳に触れ、その人をお癒しになった。
52.そして、イエスのそばに立っている祭司長たちや神殿の守備隊、また長老たちに対して言われた。「あなたがたは、強盗でも捕まえるかのように、剣やこん棒を持って出て来たのか。53.わたしは毎日、神殿の庭であなたがたと一緒にいたのに、あなたがたはわたしに手を下さなかった。しかし、今こそ闇の権威、あなたがたの時である」。
54.そこで彼らはイエスを捕らえ、大祭司の屋敷に連れて行った。ペトロは遠くからついて行った。55.人々は中庭の真ん中で火をたいて一緒に座っていたので、ペトロも彼らの中で座っていた。56.すると、ある女の召使いが、ペトロが火のそばに座っているのに気付き、彼をじっと見て「この人も彼と一緒でした」と言った。57.しかし、ペトロはそれを打ち消して「婦人よ、わたしはその人を知らない」と言った。58.しばらくして、ほかの人がペトロを見て言った。「あなたも彼らの仲間だ」。しかし、ペトロが言った。「人よ、わたしは仲間ではない」。59.また一時間ほど経って、ほかの誰かが強く主張して言った。「確かにこの人も彼と一緒だった。ガリラヤ人なのだから」。60.しかし、ペトロが言った。「人よ、あなたの言っていることがわからない」。ペトロがなお話しているとき、直ちに鶏が鳴いた。61.主は振り向いてペトロを見つめられた。するとペトロは「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と、主が自分に言われた言葉を思い出した。62.そして、外へ出て激しく泣いた。
63.イエスを見張っていた男たちは、イエスをあざけりながら(棒で)殴っていた。64.そしてイエスに目隠しをさせ、「言い当ててみよ、お前を打ったのは誰か」と言って問うたりした。65.また、そのほか多くの汚しごとをイエスに浴びせた。

66.夜が明けると、民の長老会が、祭司長たち律法学者たちと共に集まり、イエスを彼らの議会に連れて行って、67.「もしお前がキリストなら、そうだと我々に答えよ」と言った。そこでイエスは彼らに言われた。「たとえわたしがそうだと言っても、あなたがたは決して信じないだろう。68.たとえわたしが尋ねても、決して答えないだろう。69.しかし、今から人の子は力ある神の右の座につくだろう」。70.皆の者が言った。「では、お前は神の子なのか」。イエスは彼らに言われた。「あなたがたの言うとおり、わたしがそれである」。71.彼らは言った。「もはや何の証言の必要があろうか。我々自身が彼の口から聞いたのだから」。





  καὶ γενόμενος ἐν ἀγωνίᾳ ἐκτενέστερον προσηύχετο· καὶ ἐγένετο ὁ ἱδρὼς αὐτοῦ ὡσεὶ θρόμβοι αἵματος καταβαίνοντες ἐπὶ τὴν γῆν (44)

44.「イエスは苦しみ悶えながらも、真剣に祈られた。汗が濃い血の大粒のしたたりのように地に落ちた」。
   上記は、十字架につけられる直前のゲッセマネにおけるイエスの祈りの様子を描いたものである。共観福音書の著者のいずれも、このゲッセマネのイエスの祈りを、特別なこととして描いている(マタイ26:37.38、マルコ14:34~36)。「苦しみ悶える」を意味する ἐν ἀγωνίᾳ は、「死の苦しみにもだえること」を表す。その後に続くἐκτενέστερον は「真剣に、絶え間なく」という意味。ゆえにイエスは「死の苦しみにもだえ苦しみながら、真剣に途切れることなく」祈られた。その結果、汗がまるで「濃い血の大粒のしたたりのように」地面にしたたり落ちたのであった。  
なお、43,44の【 】がついている部分は、元来の本文にはなかったもので、後の時代の伝承の中で生まれたものだというのが今日の解釈である。これについては、ネストレ=アーラントギリシア語新約聖書(28版)の序文から引用して紹介しておきます。
『本文中の【 】は、括弧内の大抵比較的長い語句が、元来の本文の一部ではないと知られていることを示している。これらの本文は伝承のごく初期の段階に由来し、また、教会の歴史上、しばしば重要な役割を果たしてきた』(ここの箇所以外にも、ヨハネによる福音書7:53~8:11、マルコによる福音書16:8後半~20なども)

καὶ στραφεὶς ὁ κύριος ἐνέβλεψεν τῷ Πέτρῳ(61)

「主は振り向いて、ペトロを見つめられた」


   「主は振り向いて」は、まさにペトロがイエスを三度拒んだ直後に鶏が鳴いたあの時である。一方ペトロは鶏が鳴いたことでイエスの言われたあの言葉を思い出した。主がペトロの方を振り向いて、ペトロを見つめられたことと、ペトロの一瞬にしての回顧が同時に起こったのであった。「見つめられた」を意味する ἐνέβλεψεν(エネブレプセン) は「じっと見た、直視した」で、単に見るのではなく、それより一層強調されている。




2013年10月20日日曜日

新約聖書原典「ルカによる福音書」21章の翻訳(私訳)

ルカによる福音書 

21章


1.イエスは見上げ、金持ちたちがささげものを献金箱に投げ入れるのを見られた。2.ところが、ある貧しいやもめがそこにレプトン銅貨二枚《1レプトンは当時の最小額青銅で、労働者一日分の賃金の128分の1で60~75円位い、レプトン2枚は120~150円位い》を入れるのをご覧になった。3.そして言われた。「よくあなたがたに言っておく。この貧しいやもめは、誰よりも多く投げ入れたのだ。4.これらの人たちはみな、有り余るものの中から献金として投げ入れたが、彼女は乏しい中から、持っている生活のすべてを投げ入れたのだから」。
5.ある人たちが神殿について、美しい石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスが言われた。6.「あなたがたはこれらのものを見つめているが、一つの石も破壊されずに、その石の上に他の石が残ることもない日が来るだろう」。
7.そこで彼らはイエスに尋ねて言った。「先生、では、いつそのようなことが起こるのですか。また、そのようなことが起ころうとする時には、どんな兆候がありますか」。8.イエスは言われた。「惑わされないように気をつけていなさい。多くの者たちが、わたしの名によって『わたしがそれである』とか『時が近づいた』とか言って現われるからだ。彼らについて行ってはならない。9.戦争や騒乱のことを聞いても、怖がってはならない。これらのことは先ず起こらねばならないが、ただちに終わりでなないからである」。
10.さらに彼らに言われた。「民族は民族に、国は国に対して立ち上がり、11.大地震と飢餓と疫病が各地に起こるだろう。また、恐ろしいことや著しい兆候が天に現われるだろう。
12.しかし、全てこれらのことの前に、人々はあなたがたを手にかけて迫害し、諸会堂や牢獄に引き渡し、わたしの名の為に、王たちや総督たちのところへ引いて行く。13.あなたがたは証しすることになるだろう。14.だから、どう弁明しようかと前もって備えておくまいと、心に決めなさい。15.あなたがたに敵対するどんな者たちも、反対も反論もできない言葉と知恵をわたしが与えるからである。16.あなたがたは両親や兄弟たち、親族、友人たちからも裏切られ、ある者は殺されるだろう。17.あなたがたはわたしの名のために、多くの人々から憎まれるだろう。18.しかし、あなたがたの髪の毛一本も、決して失われることはない。19.あなたがたの忍耐によって、いのちを得なさい。
20.しかし、エルサレムが軍隊によって包囲されるのを見た時は、その荒廃が近づいたと知りなさい。21.その時は、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。エルサレムの中にいる人々は(そこから)離れなさい。田舎にいる人々はエルサレムに入ろうとしてはならない。22.その日は、(聖書に)書かれている全てのことが成就する懲罰の日なのだから。23.それらの日には、身重の女たちと、乳飲み子を持つ女たちは不幸だ。地上には大きな苦難が、この民には大きな怒りが下るからである。24.人々は剣の刃によって倒れ、あらゆる国々に捕らえられて連れて行かれるだろう。そして、エルサレムは、異邦人の時が満ちるまで、彼らによって踏みにじられるだろう。
25.また、太陽、月、星にしるしが現われるだろう。また地上では人々が不安になり、海と大波のどよめきに途方に暮れる。26.人々は世界に起ころうとしていることを予測し、その恐ろしさから気を失うだろう。天の諸力が揺さぶられるからである。27.そして、その時、人々は、人の子が大いなる力と栄光と共に、雲に乗って来るのを見るだろう。28.これらのことが起こりはじめたなら、身を起こし、頭を上げなさい。あなたがたの解放が近づいているからである」。
29.そして、譬えを彼らに話された。「いちじくの木や、すべての木々を見なさい。30.葉が出ると、あなたがたはそれを見て、夏がすでに近いことを知る。31.このように、あなたがたも、これらのことが起きているのを見た時は、神の国が近づいたと悟りなさい。32.よく言っておくが、すべてのことが起こるまでは、この時代は決して滅びることはない。33.天と地とは滅びるだろう。しかし、わたしの言葉は決して滅びることはない。
34. 酩酊や泥酔や生活上の心配ごとで、あなたがたの心が弱り、その日が突如あなたがたを襲うことがないように気をつけていなさい。35.その日が、わなのように突然、地の全面に住む全ての人々に臨むからだ。36.しかし、あなたがたは、起ころうとしているこれら全てのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈っていなさい」。

37.イエスは、昼間は神殿の庭で教え、夜はオリーブと呼ばれる山へ出かけて行って過ごしておられた。38.民衆もみなイエスの話を聞くために、朝早くから神殿の庭にいるイエスのもとにやって来ていた。




2013年10月14日月曜日

新約聖書原典「ルカによる福音書」20章の翻訳(私訳)

ルカによる福音書 

20章


1.ある日のこと、イエスが神殿の庭で民衆を教え、良い知らせを告げておられると、祭司長たちと律法学者たちは、長老たちと一緒に(イエスに)のもとに来て、2.イエスに問うて言った。「なんの権威によってこれらのことをしているのか、また、この権威をあなたに与えたのは誰か、わたしたちに答えてください」。3.そこでイエスは答えて彼らに言われた。「わたしも一言あなたがたに尋ねよう。わたしに答えなさい。4.ヨハネのバプテスマは天からのものであったか、それとも、人々からのものであったか」。5.彼らは互いに相談して心の中で言った。「もし『天からのものだ』と言えば、『では、なぜ彼を信じなかったのか』と言うだろう。6.しかし、もし『人々からのものだ』と言えば、民衆がいっせいに我々に石を投げるだろう」。民衆は、ヨハネが預言者だと確信していたからである。7.そこで、彼らは「どこからのものか、わたしたちには分かりません」と答えた。8.イエスも彼らに言われた。「わたしも、何の権威によってこれらのことをしているのか、あなたがたに言わないでおこう」。
9.そこで、イエスは民衆にこの譬えを話し始められた。「ある人がぶどう園を造り、農夫たちにそれを貸して、長い旅に出かけた。10.収穫の時期となったので、彼はぶどう園の収穫を納めさせようと、僕を農夫たちの所へ遣わした。しかし、農夫たちは僕を殴って、から手で送り返した。11.そこでさらに、ほかの僕を遣わしたが、農夫たちはこの僕も殴って侮辱を加え、から手で送り返した。12.また、さらに三人目の僕を送ったが、彼らはこの僕にも傷を負わせて追い返した。13.そこで、このぶどう園の主人が言った。『どうしようか。わたしの愛する息子を送ろう。この息子なら、たぶん敬ってくれるだろう』。14.ところが農夫たちは息子を見て、互いに相談し合って言った。『これはあと継ぎだ。これを殺してしまおう。そうすれば、遺産は我々のものになる』。15.そうして、息子をぶどう園の外に放り出して殺した。さて、ぶどう園の主人はこれらの農夫たちをどうするだろうか。16.主人は帰って来て、これらの農夫たちを滅ぼし、ぶどう園を他の者たちに与えるだろう」。人々はこれを聞いて言った。「そんなことがあってはなりません」。17.イエスは彼らをじっと見つめて言われた。「では、こう書かれてあるのはなぜか。
『家造りたちが拒んで捨てた石が、隅のかしら石となった。』
18.その石の上に落ちる者はだれでも打ち砕かれるが、(その石が)その人の上に落ちれば、その人を押しつぶしてしまうだろう」。
19.その時、律法学者たちと祭司長たちが、イエスに手をかけようとした。なぜなら、この譬えが自分たちに対して言われたのだということを、彼らが知ったからである。しかし、彼らは民衆を恐れた。
20.慎重に機会を狙っていた彼らは、自分を正しい者と見せかけている密偵たちを遣わしてイエスの言葉尻をとらえて、総督の支配と権威とに彼を引き渡そうとした。21.そして、彼らはイエスに質問して言った。「先生、わたしたちは、あなたのお話しも教えも正しく、(人を)分け隔てなさらず、真理にもとづいて神の道を教えておられるのを知っています。22.皇帝に税を納めることはよいのでしょうか、それとも、よくないのでしょうか」。23.イエスは、彼らの悪巧みを見抜いて、彼らに言われた。24.「デナリオンを見せなさい。これは誰の肖像、誰の銘刻か」。彼らは言った。「皇帝のです」。25.イエスは彼らに言われた。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」。26.彼らは民衆の手前、イエスの言葉尻をとらえることができず、その返答に驚いて黙ってしまった。
27.復活はないと[反対]論を唱えているサドカイ派のある人々が近寄って来て、イエスに質問して、28.言った。「先生、モーセはわたしたちに、『もし、ある兄に妻がいて、この人が、子供がいなくて死んだなら、彼の弟がその妻を迎え、兄のために子孫をもうけなければならない』と書きました。29.さて、ここに七人の兄弟がいました。長男は妻を迎えましたが、子供がいなくて死にました。30.次男も、31.そして三男も彼女を妻に迎え、こうして七人とも同じように子供を残さないで死にました。32.最後にはこの女も死にました。33.では、復活の時、この女は彼らの中の誰の妻となるのですか。七人が彼女を妻にしたのですが」。
34.イエスは彼らに言われた。「この世の子らは、めとったり嫁いだりする。35.しかし、かの世を受けるにふさわしく、また、死者たちの中から復活するにふさわしいとみなされた人々は、めとったり嫁いだりはしない。36.彼らはもう死ぬことはできないのだから。彼らは天使たちのようなものであって、復活の子として神の子供たちなのだから。37.死者が復活することについては、モーセも柴の個所で知らせている。彼が主を『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』と言っているように、38.神は死んだ者たちの神ではなく、生きている者たちの神である。全ての者はこの方によって生きるからである」。
39.そこで、ある律法学者たちが答えて言った。「先生、あなたが言われたことはまさにその通りです」。40.だから、もう誰も敢えてイエスに質問しようとはしなかった。
41.しかし、イエスは彼らに言われた。「人々がキリストをダヴィデの子と言っているのはどうしてなのか。42.ダヴィデ自身、詩篇の中でこう言っている。
『主は、わたしの主に言われた。
あなたは、わたしの右に座していなさい。
43.わたしがあなたの敵どもを、あなたの足台に据えるまで。』
44.このように、ダヴィデがキリストを主と呼んでいるのに、どうして彼がダヴィデの子なのだろうか」。

45.民衆がみなこれを聞いているとき、イエスは弟子たちに言われた。46.「長い衣を着て歩きたがる律法学者たちに気をつけなさい。彼らは広場で挨拶されることを好み、諸会堂では最上席を、宴会では最上座を好む。47.彼らはやもめたちの家を食いつぶし、見せかけの長い祈りをする。この人たちはいっそう厳しい裁きを受けるだろう」。






★「そんなことがあってはなりません」(16)
 μή γένοιτο
  新約聖書の中ではめずらしい『希求法』で書かれていて、ローマ書の中でパウロが数回使っている。『そんなことがあってたまるか!』という強い否定願望を表す。

  ἰσάγγελοι γάρ εἰσιν (36)
「彼らは天使たちのようなものである」(36)  

36節は「彼らは天使たちに等しい」とも訳せる。天使たちには死がないと同じように、復活にあずかる者たちには、再び死ぬと言うことはあり得ないという意味。