2010年10月1日金曜日

新約聖書原典「ヨハネによる福音書」17章の翻訳(私訳)

ヨハネによる福音書 

17章


1.イエスはこれらのことを話され、天を見上げて言われた。「父よ、時が来ました。子があなたに栄光を帰すために、子に栄光を現わしてください。2.それは、あなたがすべての人を支配する権能を子に与えてくださったので、子に賜ったすべての人に、永遠の命を与えるためです。3.この永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたが遣わされたイエス・キリストを知ることです。4.わたしは、あなたが行うようにとわたしにお与えになった業をこの地上で成し遂げ、あなたに栄光を帰しました。5.父よ、この世界が造られる前にあなたの御そばでわたしが持っていた栄光で、今あなたご自身の御前でわたしに栄光を現わしてください。
6.わたしは、この世から選び出してわたしに与えてくださった人々に、あなたの御名を現わしました。彼らはあなたのものでしたが、わたしにも彼らを与えてくださり、彼らはあなたの御言葉を守っています。7.今、彼らは、あなたがわたしに与えてくださったものはすべて、あなたからのものであることを知っています。8.なぜなら、わたしはあなたが与えてくださった御言葉を彼らに与えたので、彼らもそれを受け入れ、わたしがあなたから出てきたことを本当に悟ったのです。そして彼らは、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じました。
9.わたしは彼らのためにお願いします。世のためではなく、あなたがわたしに与えてくださった者たちのためにお願いします。なぜなら、彼らはあなたのものだからです。10.わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。わたしは彼らによって栄光を受けました。11.わたしはもうこの世にはいなくなりますが、彼らはこの世にいます。そしてわたしはあなたのもとへ参ります。聖なる父よ、わたしにくださったあなたの御名によって、彼らをお守りください。わたしたちが一つである様に、彼らも一つとなるためです。12.わたしは彼らと共にいた時、あなたが与えてくださったあなたの御名によって、彼らを守っていました。わたしが守ったので、滅びの子のほかには彼らの内の誰も滅びませんでした。それは聖書が成就するためです。13.しかし今、わたしはあなたのもとへ参ります。わたしがこれらのことを世で語るのは、彼らがわたしの喜びを抱き、彼ら自身の内に喜びが満たされるようになるためです。14.わたしはあなたの御言葉を彼らに与えましたが、世は彼らを憎みました。それは、わたしが世のものではないように、彼らも世のものではないからです。15.わたしがお願いするのは、彼らを世から取り除くことではなく、彼らを悪い者から守っていただくことです。16.わたしが世のものではないように、彼らも世のものではありません。17.真理によって彼らを聖別してください。あなたの御言葉は真理です。18.あなたがわたしを世にお遣わしになられたように、わたしも彼らを世に遣わしました。19.彼らのために、わたしは自分自身を聖別します。彼らも真理によって聖別された者となるためです。
20.これらの者たちの為ばかりではなく、彼らの言葉を通して、わたしを信じる者たちの為にもお願いします。21.父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしもあなたの内にいるように、すべての人が一つとなるためです。それは彼らもわたしたちの内にいて、あなたがわたしをお遣わしになったことを世が信じるようになるためです。22.あなたがわたしに与えてくださった栄光を、わたしも彼らに与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つとなるためです。23.わたしは彼らの内におり、あなたもわたしの内におられます。それは彼らが一つとなって完全な者となり、あなたがわたしをお遣わしになり、わたしを愛されたように、あなたが彼らを愛されたことを世が知るようになるためです。

24.父よ、あなたがわたしにお与えになった人々が、わたしのいるところに、わたしと一緒にいられるようにしてください。それは、あなたがわたしに与えてくださったわたしの栄光、すなわち、世が造られる前から、あなたがわたしを愛してくださった栄光を、彼らが見るようになるためです。25.義なる父よ、世はあなたを知りませんでしたが、わたしはあなたを知っており、彼らも、あなたがわたしを遣わされたことを知っています。26.わたしは彼らに、あなたの御名を知らせました。またこれからも知らせます。それは、あなたがわたしを愛してくださったその愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです」。

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●「自然の中で聴く聖書」ヨハネによる福音書 17章
https://www.youtube.com/watch?v=sfYtbXfLap0



★「聖なる父よ」(11)
★「義なる父よ」(25)

上の二つの呼びかけの言葉は、父であられる神とキリストにだけ使われる。25節の「義なる父よ」の「義なる」はギリシア語で δίκαιος(ディカイオス) である。「正しい」とも訳せるが、それは人に関して使われる例は聖書にあるが、それが神とキリストに関して使われるときは、「義」と訳すのが適切である。なぜなら、絶対的な意味で δίκαιος「義なる」方 は神(25)とキリスト(1ヨハネ2:1)のみであるからである。

★「父よ、あなたがわたしにお与えになった人々」(24)
    「人々」は、ギリシア語原典ネストレ版と他の写本とでは関係代名詞の単数(中性)、複数(男性)の違いがある。本ネストレ版では単数(中性・「こと・もの」と訳す)だが、この翻訳では文脈上、他の写本に従い、「人々」(男性・複数)と訳した。口語訳、新共同訳ともこれに沿っているが、新改訳は「もの」(中性・単数)と訳している。ちなみに、「人々」とは、23節の「世」のことであろうか。
17:2節でも同様の問題が現れ、そこでは「もの」(中性)が、「者」または「人」(男性)と訳されることに注意。



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