2010年5月4日火曜日

新約聖書原典「ヨハネによる福音書」8章の翻訳(私訳)

ヨハネによる福音書 

8章


1.さて、イエスはオリーブ山に行かれた。2.そして朝早く、再び神殿の庭に戻られると、民衆もみなイエスのところにやって来たので、腰を下ろして彼らを教えておられた。3.すると、律法学者たちとファリサイ派の人たちが、姦淫の理由で捕らえられた一人の女を連れてきて、真中に立たせて、4.イエスに言った。「先生、この女は姦淫をしている現行犯で捕らえられました。5.さて、律法の中でモーセは、『こういう女は石で打ち殺せ』とわたしたちに命じていますが、あなたはどうお答えになりますか」。6.しかしこれは、彼らがイエスを試して、彼を訴える口実を得るために言ったのである。しかしイエスは身を低くかがめ、指で地面に書いておられた。7.なおも彼らがイエスに問い続けていると、イエスは身を起こして彼らに言われた。「あなたがたの中で罪のない者が、先ずこの女に石を投げなさい」。8.そしてまたかがんで地面に書いておられた。9.ところが、これを聞いた人たちは、年長者から始まって一人また一人と立ち去り、イエスお一人と真ん中にいた女だけが残された。10.そこでイエスは身を起こし、彼女に言われた。「婦人よ、みんなはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか」。11.女は言った。「主よ、誰もいません」。そこでイエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからはもう罪を犯さないように」。
12.さて、イエスは再び彼らに語って言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は決して暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」。13.するとファリサイ派の人たちがイエスに言った。「あなたは自分自身を証ししている。あなたの証しは真実ではない」。14.イエスは答えて彼らに言われた。「たとえわたしがわたし自身を証ししても、わたしの証しは真実である。なぜなら、わたしはどこから来て、またどこへ行くかを知っているからである。しかし、あなたがたはわたしがどこから来たかも、どこへ行くのかも知らない。15.あなたがたは肉によって裁くが.わたしは誰をも裁かない。16.しかし、もしわたしが裁くのであれば、わたしのその裁きは正しい。何故ならわたしは一人ではなく、わたしを遣わされた父と共にいるからである。17.あなたがたの律法には、『二人による証言は正しい』と書かれている。18.わたしはわたし自身について証しする者であり、わたしを遣わされた父も、わたしについて証ししてくださる」。19.すると彼らはイエスに言った。「あなたの父は、どこにいるのか」。イエスは答えられた。「あなたがたはわたしも、わたしの父をも知らない。もし、わたしを知っていたなら、わたしの父をも知っていたはずだ」。20.イエスはこれらの言葉を、神殿の庭で教えておられた時、献金箱のあるところで語られた。しかし、誰もイエスを捕らえなかった。彼の時はまだ来ていなかったからである。
21.さて、また再び彼らに言われた。「わたしは去って行く。あなたがたはわたしを探すだろう。しかし、あなたがたは自分の罪によって死ぬことになる。わたしの行くところに、あなたがたは来ることができない」。22.するとユダヤ人たちが言った。「『わたしが行くところに、あなたがたは来ることができない』と彼が言ったのは、自殺でもするつもりなのだろうか」。23.イエスは彼らに言われた。「あなたがたは下に属している者であるが、わたしは上に属している者である。あなたがたはこの世に属している者であるが、わたしはこの世に属している者ではない。24.それでわたしは『あなたがたは自分の罪によって死ぬことになる』と言ったのである。わたしがそれであることを信じないなら、あなたがたは自分の罪によって死ぬことになるからである」。25.すると彼らはイエスに言った。「あなたは一体誰なのですか」。イエスは彼らに言われた。「わたしが誰であるかは、初めからあなたがたに話しているではないか。26.あなたがたについて言うべきこと、裁くべきことは多くある。しかし、わたしを遣わされた方は真実である。わたしもその方から聞いたこれらのことを、この世に話しているのである」。27.イエスは彼らに父のことを話されたが、彼らにはわからなかった。28.そこでイエスは[彼らに]言われた。「あなたがたは、人の子を上げた時にはじめて、わたしがそれであること、また、わたしは自分からは何も行わず、ただ、父がわたしに教えてくださったとおりに、これらのことを語っているのだということがわかるだろう。29.わたしを遣わされた方は、わたしと共にいてくださる。わたしを一人のままにはなさらない。なぜなら、わたしはいつも、その方に喜ばれることを行っているからである」。
30.イエスがこれらのことを話されたとき、多くの人々がイエスを信じた。31.そこでイエスはご自分を信じたユダヤ人たちに対して言われた。「もし、あなたがたがわたしの言葉にとどまるなら、あなたがたは本当にわたしの弟子である。32.また、真理を知るだろう。真理はあなたがたを自由にするだろう」。33.彼らはイエスに答えた。「わたしたちはアブラハムの子孫であって、今まで誰かの奴隷になったことなどありません。それなのに、どうして『あなたがたは自由な者になる』とあなたは言われるのですか」。34.イエスは彼らに答えられた。「わたしは心をこめてあなたがたに言っておく。罪を犯す者は誰でも、罪の奴隷である。35.しかし奴隷は、いつまでも家の中にいることはないが、子はいつまでもいる。36.だからもし、子があなたがたを自由にするなら、あなたがたは本当に自由な者となるのである。
37.あなたがたがアブラハムの子孫であることは知っている。しかし、あなたがたはわたしを殺そうとねらっている。なぜなら、わたしの言葉をあなたがたの内に受け入れないからだ。38.わたしは父のみそばで見た事を話しているのに、あなたがたは(自分たちの)父から聞いた事を行っている」。39.彼らは答えてイエスに言った。「わたしたちの父はアブラハムです」。イエスは彼らに言われた。「もしあなたがたがアブラハムの子なら、アブラハムの業を行っただろう。40.ところが、今、あなたがたは、神から聞いた真理をあなたがたに語ったこのわたしを殺そうとしている。こんな事をアブラハムはしなかった。41.あなたがたは自分たちの父の業をしているのだ」。[すると]彼らはイエスに言った。「わたしたちは不品行から生まれたのではありません。わたしたちには一人の父である神がおられます」。42.イエスは彼らに言われた。「もし、神があなたがたの父であったなら、あなたがたはわたしをも愛したであろうに。なぜなら、わたしはその神のもとを出て来て、今ここにいるからである。わたしは自分から来たのではなく、その方がわたしを遣わされたのである。43.なぜ、わたしの話している事がわからないのか。あなたがたが、わたしの言葉を聞くことができないからだ。44.あなたがたは、悪魔である父から出ている者であり、あなたがたの父の欲望を行うのを喜んでいる。悪魔は初めから人殺しであって、真理のうちに立ってはいない。なぜなら、彼の内には真理がないからである。彼が偽りを語る時は、自分の本性から語る。なぜなら彼は偽り者で、偽りの父だからである。45.しかし、わたしが真理を語っているのに、あなたがたはわたしを信じない。46.あなたがたの中のいったい誰が、罪に関してわたしを譴責するのか。わたしが真理を語っているのに、なぜ、あなたがたはわたしを信じないのか。47.神から生まれた者は、神の言葉を聞く。あなたがたが聞かないのは、神から生まれていないからである」。

48.ユダヤ人たちは答えてイエスに言った。「あなたはサマリア人であり、悪霊にとりつかれていると、われわれが言うのは正しいことではないか」。49.イエスは答えられた。「わたしは悪霊にとりつかれてはいない。しかし、わたしは自分の父を尊んでいるのに、あなたがたはわたしをあなどっている。50.しかし、わたしは自分の栄光を求めてはいない。わたしの栄光を求める方、裁きをなさる方は(別に)おられる。51.わたしは心をこめてあなたがたに言っておく。誰でも、わたしの言葉を守るなら、決していつまでも死を経験することがない」。52.[すると]ユダヤ人たちがイエスに言った。「あなたが悪霊にとりつかれていることが、今わかった。アブラハムも死に、預言者たちも死んだのに、あなたは、『誰でも、わたしの言葉を守るなら、決していつまでも死を経験することがない』と言う。53.あなたは、わたしたちの父アブラハムより偉いのか。彼は死に、預言者たちも死んだのに。あなたは自分を誰だと見なすのか」。54.イエスは答えられた。「もし、わたしが自分に栄光を帰すなら、わたしの栄光はむなしい。わたしに栄光を帰してくださる方はわたしの父で、あなたがたが『われわれの神だ』と言っているのは、その方のことである。55.あなたがたはその方を知らないが、わたしはその方を知っている。またもし、わたしがその方を知らないと言えば、わたしも、あなたがたのように偽り者となる。しかし、わたしはその方を知っていて、その方の言葉を守っているのである。56.あなたがたの父アブラハムは、わたしのこの日を見ようと楽しみにしていた。そして、見て喜んだのである」。57.するとユダヤ人たちはイエスに対して言った。「あなたは、まだ五十歳にもならないのに、アブラハムを見たのか」。58.イエスは彼らに言われた。「はっきりとあなたがたに言うが、アブラハムが生まれる前からわたしはいるのである」。59.すると、彼らは石を拾い、イエスに投げつけようとしたので、イエスは身を隠して神殿の庭から出て行かれた。

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●「自然の中で聴く聖書」ヨハネによる福音書 8章
https://www.youtube.com/watch?v=S5ryX_O9ik0


★「あなたがたは父から聞いたことを行っている」(38)
 「あなたがたは自分たちの父の業を行っているのだ」(41)
 「あなたがたの父の欲望を行うのを喜んでいる」(44)

 38、41、44節の「父」とは、いずれも「悪魔である父」(44)をさしている。

★「死を経験することがない」(51)は、「死を見る」とも訳し、ヘブライ的表現で「死ぬこと」を意味する。



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